アルマスの訪問を終え、オランジュの町のホテルで睡眠をとり、旅程最後のイベントである
オランジュ探索を行う。オランジュは、ローマ帝国時代はアラウシオと呼ばれていた。紀元前1世紀後半に、
ローマ帝国第二軍団の退役兵に、このアラウシオの土地が与えられた。退役兵らによって都市化が進み、
5世紀の西ゴート族の侵入まで、都市として機能し続けた。アラウシオには、その当時の遺跡が比較的保存状態が良く
残っており、世界遺産として登録されている。
このオランジュの凱旋門は、現存する数少ないローマ帝国時代の凱旋門の1つである。
通常、凱旋門の正面上部には、碑文が刻まれることが多いが、この凱旋門はレリーフが刻まれている。
カエサルのガリア平定や、第二軍団の武功に捧げられた凱旋門であると伝えられている。
この凱旋門から徒歩10分の地点に、ローマ劇場跡の大きな壁を見ることができる。オランジュの劇場跡は、
ヨーロッパに現存するローマ劇場の中で最も保存状態の良いものである。
この劇場は、カエサルの暗殺後の内戦が終わり、アウグストゥスによる帝政 (元首政)が開始された頃に、彼の命によって建造されたとされる。ローマのポンペイウス劇場に倣い、石とコンクリートによって建造された。収容できる観客数は1万人以上になる。劇場の正面には装飾が施されており、また、アウグストゥスの像が飾られている。席は身分によって分けられており、地上に近い席は、市議会議員、騎士階級などの高位のものが座り、中段席は聖職者や商人の席、上段席は、非ローマ市民、奴隷などが座ることになっており、それぞれが接触することがないように導線が作られた。劇場内の通路は、ひんやりと涼しく、当時は飲料水の提供が行われた。音がよく反射するように工夫がなされており、最上階の席からでも、地上の声が聞こえるようになっていた。また、古代当時は無数の青銅や灯器の壺が劇場の至る所に設置され、音の増幅に利用された。
訪れた際は、ライブの設営準備が行われており、まだまだ現役の劇場である。
いいところですね。うらやましい。わたしも行きたいです