Chopin好きのためのWarsaw

フレデリック・ショパンの縁の地、ワルシャワ。

ショパンはピアノ曲とピアノを含むオーケストラ曲などを書いた、作曲家である。

 

ショパンミュージアムでは土日はコンサートをしているので、日曜日に行ってみた。

ホテルからWarsaw centralまでトラムで。これはアプリでチケットを買う。3.5 zloty。

Warsaw centralからは歩いて40分だが、メトロで6分なので、そっちを試してみる。交通系カードか切符の2択だった。切符を3.5 zlotyで購入。

ベンチで待機していると、すぐ右隣に女の子2人組が座った。結構スペースあるのに、窮屈じゃないのかなと思いながら、左にずれた。


するとすぐ左隣に別の人が来た。パーソナルスペースの感覚が違うのかもしれない。にしても、そんな近くに来る理由はないと思う。

スリでもなさそう。なんなら横の人達の方が無防備で危ない。

顔を上げるとカップルが踊っている。長い木の棒を持っている人もいる。平和である。

メトロに6分乗って降りた駅でも踊っている人がいた。横目にエスカレーターに乗る。

すぐ後ろに人がきた。歩いて空間をあけてもすぐ詰めてくる。3回くらい繰り返して、抜かせばいいのに、と思っていたら話しかけられた。

60歳くらいのカップルだった。

Excuse me, madam. Do you use English?
から始まり、どこから来たの?観光しにきたの?大学生?ポーランドはどう?と質問された。

日本だと答えると「やーぽん!」と言って嬉しそうにされていた。高齢の方は日本への印象がいいよう。先人に感謝。 

      

 

Have a nice dayでバイバイした。6分歩くとショパンミュージアムに到着。 

 

入場料は35 zlotyだが、学生証を出すと25 zlotyになった。調べた感じ学割はEU圏の大学だけだったが、試したらいけるものだなと思う。

展示を紹介していく前にショパンについて。

ショパンはポーランドのワルシャワ近郊で生まれてワルシャワ音楽院を卒業後、ウィーンでコンサートをする生活を3年経て (音楽の好みの問題などによりあまりうまくいかなかったそう) パリに移動する。その後もポーランドに戻ることはなく海外を転々とするものの、パリにいた期間は39年の人生の半分ほどを占める。

 

そんな経緯もあり、4フロアのうちポーランド時代、海外進出時代で1フロアずつ使われていた。後はショパンやその関係者の肖像画などの絵画のフロアと、コンサートホールとモニター展示のあるフロアだった。

ショパン直筆の楽譜。

 

 

ショパンがお守りに携帯していたsmiling buddha。

 

 

ショパンのピアノ。隔てるものなく近くで見られてうれしいけれど、大丈夫なのだろうか。

 

 

引き出しを引くと楽譜が入っていて、その曲が上に乗っているスピーカーから流れてくる。

 

後は他の作曲家との関係やショパンの生い立ちなどが文章+写真でモニターで見られたり。

フランスの作家、ジョルジュ・サンド。ショパンの恋人。

スキャンダルにならないよう、ショパンとサンドの息子と娘 (父親はショパンではない) と4人でスペインのマヨルカ島に3か月逃避していたことも。

結局9年を共に過ごすが、その時代のショパンの作品は情熱的なのが多いとか…?

ワルツ第6番Op.64-1 (子犬のワルツ) もその時代のもの。モデルの犬のスケッチも展示されていた。

 

ちなみに別れの理由はサンドの子供たちを含むいざこざで、とどめを刺したのはサンドの娘の結婚に関する口論らしい。

 

 

ショパンが送った手紙も展示されていた。ウィーンでワルシャワ陥落の知らせを聞いたときのやり取りなど。

この時の心情を表した作品がÉtude Op. 10, No. 12 in C minor (革命のエチュード) である。

 

展示を見た後はコンサートへ。

大満足、、、生演奏はいいなあと思う。

 

 

ワルシャワにはショパンミュージアム以外にもショパンの聖地があって、

 

ショパンがよく来ていたというワジェンキ公園や

 

 

 

ショパンの心臓が眠る聖十字架教会がある。

 

この柱の中にあるとのこと。

この心臓はショパンが姉に「心臓だけはポーランドに」と遺し、姉がコニャックに漬けて、瓶をスカートの下に隠して持ち帰ったものらしい。

  

 

 

 

こんな感じで、ショパンの聖地巡礼にはおすすめのワルシャワである。

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